必需品

 厦門滞在18日目。今日は必需品について考えてみる。

 

 

 ほんの短期の旅行とか,特に拠点を構えない滞在であれば,おそらくそこまで多くのものは望まない。帰ったら日常の中でどうとでも調整できるだろうから。

 

 

 今,そう思うのは,簡単には帰れない不慣れな状況下で拠点を構えて過ごすにあたって,最低限の生活必需品以上の何かを切望するようになってしまったからだろう。

 

 

 その中でも特に渇望しているのは,やはりコーヒーである。

 

 

 ここ数日。スターバックスコーヒーに出向かない日はほぼ無いと言っていい。

 

 

 どうやら中国では普段からコーヒーを飲む文化はあまりないらしい。学生さんたちに聞いても,めったに飲むことはないと言う,それよりもタピオカのほうが好きだ,と。

 

 

 こちらで飲むコーヒーは,ほかの食べ物・飲み物と比べて随分と高価である。また,ブラックコーヒーというものに巡り合える可能性は低く,たいていのコーヒーは初めから甘い。かくして,スターバックスコーヒーに出向かざるを得ないのだが,いわゆるドリップコーヒーはメニューになく,美式珈琲(カフェ・アメリカ―ノ)を飲むことになる。

f:id:moroheiyakue:20191124184337j:plain

この街で唯一クリスマスを感じる場所でもある,スターバックスコーヒー。

 今回,せっかく中国に行くのだからお茶とか現地のものを味わえばいいと,こちらに来る前は考えていた。

 

 

 が,僕の中のコーヒーに対する依存度はそんなにかわいらしいものではなかったらしい,ここにきて毎日コーヒーを飲みたい欲が止まらないのだ。

 

 

 今飲んでいるスターバックスのコーヒーだって,本当は満足のいくものではない,もう少し濃いほうがやはり嬉しい。特に京都にいると,本当にコーヒーに触れる機会が多い。まったくコーヒーに関して困ることはなかったからこそ,今の状況が苦しいのだろう。

 

 

 しかし,コーヒーそのものを渇望する一方で感じているのは,コーヒーを飲む時間そのものの愛おしさである。

 

 

 日々生活する中で,喫茶店とかコーヒーを飲める空間に通うという習性が僕の中に存在している。何か作業をするためであったり,本を読んだり,ただぼーっとしたり,その目的は様々なれど,傍らにはいつもコーヒーがある。コーヒーを飲む時間が大好きなのだと思わされた素敵な出来事が今日あったから,ここに残しておこう。

 

 

 大学から歩くこと50分くらい,官任という駅から電車に乗ってさらに30分ほどで,中山路という大きな街に行ける。

 

 

 そこにある大きなショッピングモールの中に,素敵な本屋さんがある。以前,こちらの先生に連れて行ってもらったので,今日は一人でのんびりと本を見ようと思って出向いてみた。

 

 

 異国の地,一人で気軽に立ち寄れるのは,やはり本屋さんである。しかし,今はインターネットで本を買う人が多いらしく,本屋さんは減っていると,こちらの先生は言っていた。

 

 

 本屋さんはコーヒーと同じくらい,僕にとって重要なものである。中国語の本ばかりですべて読めるわけではないけれど,本に囲まれているという事実だけで,何か救われるものがある。

 

 

 ひとつひとつ手にとって見てみると知っている本も多く,日本の本の翻訳も多いことに気が付く(村上春樹東野圭吾はこちらでも随分と人気らしい)。背表紙をただ眺めているだけでも,どんな本がよく読まれているのか,大体の雰囲気はわかる。

 

 

 これもまた,僕にとって必要な時間である。こちらの本は日本と比べるとかなり安い。はずみで森の生活のペーパーバックを買ってしまった,300円ぐらいだと思う。

 

 

 その足で,併設されているカフェに行った。別にどうってことない,ソファ席がたくさんあって,お客さんたちは静かに本を読んで過ごしている,普通のカフェである。

 

 

 英語でアメリカンコーヒーとクロワッサンを注文すると,「日本人?」とお兄さんが訊いてくれた。YES,と答えると片言の日本語で対応してくれた。ただそれだけのことで,こちらとしては本当に嬉しい気持ちになるものだ。

 

 

 テーブルに着いて,ふと思う。このなんとでもない普通の静かなカフェというものが,この地においてどれだけ貴重な空間か,ということを。

 

 

 そしておそらく,こういう場所こそ僕が最も身を置きたい場所なのだろうということを。かつてのスタンダードブックストアがそうであったように。

 

 

 パソコンを広げてしばらく作業をしていると,先ほどのお兄さんがやってきてコーヒーのおかわりを無料でくれたうえに,Wi-Fiが使えるよ,と教えてくれた。

 

 

 心地よい距離感の気配りで,また嬉しくなった。「それ辛いよ~」と後ろから声が聞こえる。振り返ると年配の夫婦が日本語で会話している,こちらに来て初めて日本人と出くわした。この場所には何か日本人を惹きつける魔法がかかっているのかもしれない,店内のBGMもすべて日本の音楽のオルゴールだったし…。

 

 

 厦門に来て久しぶり穏やかな時間を過ごすことができたのは,傍らにある特に美味しいわけでもない薄いコーヒーと,静かでありきたりな空間と,そしてお兄さんのやさしさのおかげであろう。ひとつ安らげる場所を見つけた,また何回か来よう。

 

 

 僕はきっと明日もスターバックスコーヒーに行く。最近は店員さんとも顔見知りになりつつある,日本人は珍しいらしいから。とりあえず帰国したら,京都の美味しいコーヒーが飲みたい…。

f:id:moroheiyakue:20191124184153j:plain